toujinomichiの日記

酒造りの四方山話

釜屋の朝は早い

酒造りにおいて、一麹、二酛、三造りと言う言葉がありますが、現在でもそれに通ずるとこはあるのですが、やはり良い蒸米ができなければ麹も酒母も造りもすべて台無しになってしまいます。ですから米の洗米と浸漬次第で酒の酒質が大きく変わってしまうことを考えると、一に蒸米、二に麹、三四がなくてまた蒸米と考えたくなる位今の酒蔵にとり大変重要な要なのです。

こうして蒸米がサバケが良くて外硬内軟の良い蒸米で造る麹は、突き破精型の内部までしっかり菌が染み込んだ十分な酵素力価のある麹に育ちます。そしてそんな良い蒸米をしっかりと蒸かす仕事が釜屋の仕事です。造り酒屋においては一番の早起きになります。

かつて昔から草木も眠る丑三つ時と聞いたことがあると思いますが、釜屋さんはそんな丑三つ時(午前二時半頃)には起床して始めに熱源に火をいれます。熱源を入れてから一時間さらに釜に火をいれてから一時間もするとだいたい朝の五時になると蒸米が蒸かしあがります。

甑への米置きの順序は、留掛け、仲掛け、添掛け酒母米、麹とするのが一般的です。さて蒸米が蒸かしあがると蔵人全員総出で厚目の長靴を履き、甑のなかに入り、スコップで蒸米を掘りおこしたものでしたが、いつの間にやら群馬式モッコと呼ばれる米を大きな布でくるんだ蒸米をホイストで布ごと吊り上げるというタイプのものが登場してからはずいぶんと楽になりました。

それ以前は甑の中に直接入り甑の中は熱いなんてものじゃなく、サウナより暑く感じるものですから、そんな蒸気の残るなかでの仕事はもう汗だくになったものです。今考えると意外と不衛生的ですね。

現在ではこの群馬式モッコで吊り上げた蒸米を放冷機とよばれる米を強制的に冷却させる装置にいれます。これも昔なら、10Kg位ずつ布にくるみ、床の上にスノコなどを敷いてその上に蒸米をおいて広げて自然に冷やしたものです。昔は朝の早い時間に米を放冷していたのは、朝の冷気も必要ですが、朝の空気のあまり汚染されていない時をねらっていました。こうすることによって麹や酒母や醪に持ち込まれる雑菌を極力昔から抑え込むやり方が、伝えられてきたのでしょう。